西光寺野地区
西光寺野地区は、兵庫県姫路市の船津町、山田町、豊富町及び神崎郡福崎町の田原、八千種地区の5地域に跨る、二級河川市川と同支流平田川に挟まれた南北約9kmの台地です。古くは江戸時代から開墾計画が進められましたが、いずれの河川も西光寺野台地よりも低く、長年水田化に必要な水量を引くことができませんでした。1908年、当時の神崎郡5代目郡長前川萬吉が3年間を要し西光寺野台地の北、神崎郡市川町下瀬加の岡部川を水源として濯漑用水を引く綿密な計画を立て、1912年に6代目郡長森田久忠が後を引き継ぎ工事に着手、1915年10月21日に西光寺野疏水路が全線完成しました。これにより、西光寺野台地約35ohaに水を送ることができました。疏水路の延長は南北約8.8kmで、隧道8箇所、水路橋5箇所、サイフォン4箇所を含み、更にため池5箇所の新増築を行う大工事でありました。この西光寺野疏水路が、2024年9月3日にオーストラリアシドニーで開催された国際かんがい排水員会第75回国際執行理事会において、世界かんがい施設に登録されました。
西光寺野疏水路の特徴
西光寺野疏水路の特徴として、導水路の開削と併せ、多くのため池が整備されたことが挙げられます。導水路の完成とともに、ため池は不要になるのが通例ですが、西光寺野台地では非瀧漑期に河川から取水した水をため池に貯めておき、灌漑期間に利用する方式をとっています。西光寺野土地改良区では、各ため池に用水調整担当員をおき、そのため池の受益地内に田を所有する人々が見回りをするシステムを採用しています。地区内のため池を受益単位で管理し、その上で土地改良区が一元管理するという階層構造とすることで、水管理の合理化を図っています。
また、西光寺野疏水路の開発と併せて、西光寺野台地を開墾し水稲等の作物を栽培できるように耕地整理事業も同時並行で進められたことも特徴の―つです。1908年12月切日に「西光寺野普通水利組合」が設立、翌年の5月1日に「西光寺野耕地整理組合」が設立されました。西光寺野台地は、松林200haの広大な荒廃した原野であり、高低起伏の大きい台地であったため、開墾は幾多の困難があり、まさに地域をあげての一大プロジェクトで先人の苦労や努力が伺えます。
もう―つの特徴として、全国的にも珍しい「下流優先方式」を取り入れた点があります。水というものは上流から下流へと流れていくもので、どうしても水下の水田は水上の水田に比べて水不足になってしまいます。そこで、昭和30年代に地区内各所にポンプを設置し、一旦水を下流へ流し水下の水田を満たした後、水をポンプアップして再び水上の水田に供給する方式を採用しました。これにより、水下が水不足になりにくく、反復利用することとで一度取水した水を受益地外に流出させることなく有効利用することができ、農業用水の合理化が図られました。しかし、平成年代の後半から現在において、この方式はあまり使われなくなっています。西光寺野台地の西を流れる市川から約2km離れた長池まで水を引く大型のポンプを設置したことにより渇水対策が強化されました。
写真はいずれも1915年(大正4年)ころ
歴史的・文化的価値
西光寺野疏水路は、地域住民の熱意と努力により進められた瀬戸内海沿岸のかんがい施設整備の歩みを物語る近代化産業遺産の一っとして、2009年2月に経済産業省の『近代化産業遺産』に選定されました。また、台地開拓に貢献し、疏水路と併せて西光寺野ため池群が、2010年3月に農林水産省の『ため池百選』※1に選定されました。
さらに、神崎郡内の小学校では、この歴史を取り纏めた社会科の副教材『わたしたちの神崎郡』を作成し、1983年からこれを活用して、後世に伝えています※2。
西光寺野土地改良区では、2003年から、ため池や疏水路を巡るウォーキングイベントを開催しています。第17回目となった2025年3月1日の開催では、世界かんがい施設遺産登録を記念し、西光寺野疏水路の目玉でもある、現在も残る煉瓦造りの隧道や、山を貫く約500mの隧道の見学等を行いました。
地域の歴史や農業水利施設の役割・保全の必要性等を発信し、関心を深めてもらうとともに、地域の魅力を再発見するため、今後も活動を続けていきたいと考えております。
※1 農林水産省の『ため池百選』
※2 福崎町・田原小学校の生徒がまとめた『西光寺野疎水』
将来について
西光寺野土地改良区は、前身の西光寺野普通水利組合から110年以上の長きにわたり、西光寺野疏水路を構成する水路や井堰、ため池等の適正な維持管理を行い、地域の発展と農業の近代化に努めてきました。2004年度からは、土地改良区の運営や土地改良施設の管理等の合理化を検討するため、土地改良区役員及び兵庫県、姫路市、福崎町、兵庫県土地改良事業団体連合会が参加する「土地改良区合理化検討委員会」を設立し、継続した協議・検討を進めています。さらに、2023年度からは外部有識者を交えた「長池周辺整備事業推進協議会」を設立し、西光寺野疏水路の中心的施設である長池及びその周辺にある資源の活用方策等を模索しており、土地改良区の財産である疏水やため池群を生かし、守っていこうとしているところです。
外部リンク
「西光寺野疏水路」が世界かんがい施設遺産に登録されました 福崎町
「世界かんがい施設遺産」に西光寺野疏水路(さいこうじのそすいろ)が登録されました 兵庫県